手取川上流のポットホールの石

金沢県白山市に流れる手取川上流で丸い石を見つけました。きっとこれはポットホールの石に違いない。

手取川上流のポットホールの石

金沢県白山市に流れる手取川上流で丸い石を見つけました。きっとこれはポットホールの石に違いない。

蒲井浜/2015年(花崗岩)

京都の外の外、京丹後 久美浜湾近くの浦井浜という本当に綺麗なビーチで見つけた収まりの良い石。茶色ベースの花崗岩と思われる。

蒲井浜/2015年(花崗岩)

京都の外の外、京丹後 久美浜湾近くの浦井浜という本当に綺麗なビーチで見つけた収まりの良い石。茶色ベースの花崗岩と思われる。

グアム/珊瑚石

グアムの海岸を良い石がないかなと思って探していたら、手のひらにすっぽりと収まる小さな珊瑚を見つけました。持ってみると独特のゴツゴツがちょうどよく手の内を刺激するので健康グッズとして持ち帰りPCデスクの上に置いてあります。

グアム/珊瑚石

グアムの海岸を良い石がないかなと思って探していたら、手のひらにすっぽりと収まる小さな珊瑚を見つけました。持ってみると独特のゴツゴツがちょうどよく手の内を刺激するので健康グッズとして持ち帰りPCデスクの上に置いてあります。

友ヶ島/2014年9月(花崗班岩)

石英とアルカリ長石を含む為、花崗班岩と思う。 [wiki]友ヶ島(ともがしま)は、和歌山県和歌山市加太に属し、紀淡海峡(友ヶ島水道)に浮かぶ無人島群。瀬戸内海国立公園の一部。大阪湾と紀伊水道を分ける紀淡海峡を塞ぐ形で立地し、東は紀伊半島、西は淡路島と対する。紀淡海峡は地ノ島と沖ノ島により、「淡路島 – 『由良瀬戸』 – 沖ノ島 – 『中ノ瀬戸』 – 地ノ島 – 『加太ノ瀬戸』 – 紀伊半島」と三分されている。中でも由良瀬戸は、重要航路がひしめく要所。虎島は、沖ノ島北東部に連なる陸繋島である。地ノ島東端と沖ノ島西端に灯台がある。沖ノ島の灯台は明治初期に作られた歴史ある灯台であるが、今も現役で夜は周辺に光を照らしている。灯台敷地内で灯台の西側広場に、日本標準時子午線の東経135度線が通っている。沖ノ島のコウノ巣山展望台付近に参謀本部測量局(後の陸地測量部、国土地理院の前身)により明治18年に設置された一等三角点『友ケ島』(重点整備点)がある(標高 119.71 m、北緯34度16分50.9161秒東経135度0分21.2704秒)。航空保安無線施設の”友”「TOMO」VOR/DME (TME 116.4MHz) が沖ノ島の山の頂上にある。

友ヶ島/2014年9月(花崗班岩)

石英とアルカリ長石を含む為、花崗班岩と思う。 [wiki]友ヶ島(ともがしま)は、和歌山県和歌山市加太に属し、紀淡海峡(友ヶ島水道)に浮かぶ無人島群。瀬戸内海国立公園の一部。大阪湾と紀伊水道を分ける紀淡海峡を塞ぐ形で立地し、東は紀伊半島、西は淡路島と対する。紀淡海峡は地ノ島と沖ノ島により、「淡路島 – 『由良瀬戸』 – 沖ノ島 – 『中ノ瀬戸』 – 地ノ島 – 『加太ノ瀬戸』 – 紀伊半島」と三分されている。中でも由良瀬戸は、重要航路がひしめく要所。虎島は、沖ノ島北東部に連なる陸繋島である。地ノ島東端と沖ノ島西端に灯台がある。沖ノ島の灯台は明治初期に作られた歴史ある灯台であるが、今も現役で夜は周辺に光を照らしている。灯台敷地内で灯台の西側広場に、日本標準時子午線の東経135度線が通っている。沖ノ島のコウノ巣山展望台付近に参謀本部測量局(後の陸地測量部、国土地理院の前身)により明治18年に設置された一等三角点『友ケ島』(重点整備点)がある(標高 119.71 m、北緯34度16分50.9161秒東経135度0分21.2704秒)。航空保安無線施設の”友”「TOMO」VOR/DME (TME 116.4MHz) が沖ノ島の山の頂上にある。

タイ サメット島 キウナノック湾/珊瑚石

微笑みの国タイで、バンコクから4時間程度で行けるリゾートビーチ「サメット島」で採集しました。 wikipeadia:サメット島(サメットとう、タイ語式にコ・サメットとも。英語表記:Ko Samet, Koh Samet, またはKoh Samed, タイ語表記:เกาะเสม็ด)は、本土から6.4km沖合いのタイランド湾内に位置するタイ王国の島。ラヨーン県に属し、同県の県章にも描かれている。1830年ごろ詩人スントーン・プーがサメットの海岸を舞台にした物語プラアパイマニーを著し、有名になった。首都であるバンコクから比較的近い距離にあるため、外国人観光客だけでなく、バンコク市民などにとっても手軽な週末のリゾート地となっている。

タイ サメット島 キウナノック湾/珊瑚石

微笑みの国タイで、バンコクから4時間程度で行けるリゾートビーチ「サメット島」で採集しました。 wikipeadia:サメット島(サメットとう、タイ語式にコ・サメットとも。英語表記:Ko Samet, Koh Samet, またはKoh Samed, タイ語表記:เกาะเสม็ด)は、本土から6.4km沖合いのタイランド湾内に位置するタイ王国の島。ラヨーン県に属し、同県の県章にも描かれている。1830年ごろ詩人スントーン・プーがサメットの海岸を舞台にした物語プラアパイマニーを著し、有名になった。首都であるバンコクから比較的近い距離にあるため、外国人観光客だけでなく、バンコク市民などにとっても手軽な週末のリゾート地となっている。

出雲 手引ヶ浦/2014年3月(凝灰岩)

美しい浜は出雲神話の舞台 大国主大神の娘である阿陀加夜努志多伎吉比賣命(あだかやぬしたききひめのみこと)は、父神の言いつけにより多吉里(たきり)に来られ、ここでお住まいになられました。命は賢くやさしい方で、里人の災いを払いのけて幸せをはかり、田畑の実りのよいように守られたため、里人から崇敬されていました。 ある日、命が父神のおめしにより杵築の宮(出雲大社)へ行くために、この浜辺を通りかけられると、海人が命の御出発を惜しんで、にわかに津波を起こして引き止めようとしました。やがて大波が激しく押し寄せて浜辺をふさいだため、命は沖の海神に向かって「私は今、父神のお召しを受けて杵築の宮へ参ろうとここまで来た。早く波を静め、潮を引かせて道を開かせ給え」と言われると、それまで荒れ狂っていた大波もぴたりとやんで、元の美しい白浜にもどりました。 これをご覧になった命は、お供の者たちの手を引いて真一文字に稲佐の浜へと急がれました。そのいわれにより、この浜辺一帯を「手引ヶ浦」と呼ぶようになりました。

出雲 手引ヶ浦/2014年3月(凝灰岩)

美しい浜は出雲神話の舞台 大国主大神の娘である阿陀加夜努志多伎吉比賣命(あだかやぬしたききひめのみこと)は、父神の言いつけにより多吉里(たきり)に来られ、ここでお住まいになられました。命は賢くやさしい方で、里人の災いを払いのけて幸せをはかり、田畑の実りのよいように守られたため、里人から崇敬されていました。 ある日、命が父神のおめしにより杵築の宮(出雲大社)へ行くために、この浜辺を通りかけられると、海人が命の御出発を惜しんで、にわかに津波を起こして引き止めようとしました。やがて大波が激しく押し寄せて浜辺をふさいだため、命は沖の海神に向かって「私は今、父神のお召しを受けて杵築の宮へ参ろうとここまで来た。早く波を静め、潮を引かせて道を開かせ給え」と言われると、それまで荒れ狂っていた大波もぴたりとやんで、元の美しい白浜にもどりました。 これをご覧になった命は、お供の者たちの手を引いて真一文字に稲佐の浜へと急がれました。そのいわれにより、この浜辺一帯を「手引ヶ浦」と呼ぶようになりました。