無痛分娩での夫の立ち会い出産

子供が生まれる瞬間に思ったこと

本当に感動的で、言葉になりませんでした。会社でも僕よりもふたまわり上の世代の人は「男が出産に立ち会うなんてあんまり言えなかった」なんていうことを言ってました。本当は立ち会いたくても、時代がそうさせてくれなかったのかもしれません。本当にもったいないことだと僕は思いました。

そして、この幸福を最大限に味わせてくれた無痛分娩が、本当に素晴らしいものに思えたのでした。西川医院に感謝しなくてはなりません。今日のように人々の考え方も、出産の方法も時代とともに変わっていくのかもしれませんが、この感動はいつの時代も誰にも平等に与えられるのですね。

その次の日のFacebook

 
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ついにこの日がきました。我が子の誕生です!

立ち会い出産だったので、生まれる少し前から分娩室にいて
まさにその瞬間を迎える事ができました。本当に感動的で、
これまでの人生の中で、初めて幸せという言葉の本当の意味を
実際に感じる事ができました。

この子が私たちから生まれて、私たちが両親から生まれて、
両親はそのまた両親から生まれて、という この幸せの糸が
続くことの不思議。

なにもできない目の前の子が、これから先何にでもなる、
なんでもできる、そういう可能性と希望、神々しさを
内に秘めているという不思議。

僕は、特定の神や仏は信じていないけれど、
万物を生み出している、大いなる力という
人知を超えた何かはあると思っています。

そしてその一片がまさに、
今日のこの日 この瞬間であると
そう確信したのです。

これからの時代に、あたらしい考え方を持ち、
丈夫に育ってほしいという 願いを込めて

2015年5月22日(金) 18時27 分 3192 g 51 cm

命名:新太(あらた)

その日の帰路で

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改めて思ったのは、結婚している人も、していない人も。子供がいる人も、そうでない人も。誰にとっても「子供達」ほど私たちが残せる最大の貢献はないのでは無いだろうかということ。

これまで、気が遠くなるほど延々綿々と続いてきた命の連続という事を考えると、子供達という希望や可能性を次へ渡す事の大切さを実感します。

ただ一点、自分という存在が意義のあるもので、自分の生みの親、育ての親に感謝をするのであれば、それを後世につなげる事は自然であり必然だと思ったのです。そして、その中で私たち人間がよく在る方向に向かっていけるよう、限りなく努力を惜しまないで生きる事が人類の存在価値なのだ。と、子供の生まれた日はなんだかおおげさな事を真剣に考えてしまいます。しらみはじめた空を見てこんな事を考えさせてくれるのも良いもんです。