あれがない、これがない。ああだったら、こうだったら。延々と繰り返される、至らない自分。この考え方こそが、輝く未来を、希望の今を、楽しい過去を曇らせているのだ。これからは、これまで外に求めていた全ての豊かさを、実は全て内なる自分の心に問うのだ。

 

求めよ、さらば与えられん
尋ねよ、さらば見出さん
叩けよ、さらばひらかれん

愛せよ、さらば愛されん
信じよ、さらば放たれん

 


願いや夢をかなえる方法というか、自己啓発本関係というか、豊かさの秘密の究極中の究極・極意は、私たちの頭の中に(潜在意識・顕在意識、無意識・意識)に何を叩きこむかという一言に尽きる。意識や無意識が何で満たされているか。頭と心が何で満たされているのか。それが人生全てを変えるのだ。

幸せかどうかと言うこの一点に関しては、究極には自分がどう感じているか?と言う事に尽きる。そう言う意味では豊かさの根本は、幸せの原理だと言えると僕は考える。衣食住に困っていると言う訳では無いのであれば、やはり何か感じる所は、自分の頭であり心であり、考え方になるのだ。

無い無いと言う毎日の中で、本当に何かに向って情熱を持って生きているのだろうか?何かを求めない事には、何もはじまらないのだ。そしてそれは誰がくれるわけでもなく、自分が手に入れる責任を持っているのだ。

どうやったらいいか分からないと途方に暮れる日もあるだろう。誰かに聞いてまわっても教えてくれない。では誰にたずねるのか?と言えば内なる自分に尋ねるのだ。答えはいつも尋ねなければ、出てこない。何かを心から求めて、自分に真に尋ねさえすれば、自然と行動に現れるものだ。ドアを叩き、門戸を開かなければドアはくぐれ無いのだ。しかし、入ってしまえば道は開けている。

ついていないと嘆いて、愛されないと歎いて、自分の境遇を歎いてみても、何も変わりはしない。今の自分を愛して、許して、褒めて、認めてはじめて人から魅力的な自分に写るのだ。自分を愛せなくして、人を愛することはできない。自分に優しくなくて、他人に優しくすることはできない。利己的でなくては、利他的がわからないのだ。

神を信じ、仏を信じ、悪魔を信じ、天国を信じ、地獄を信じ、脅かす誰かを信じ、これまでの常識を信じて来たかもしれないが、本当に信じなければならないのは、そんなものではなく「自分自身」なのだ。自分という存在と考え方の稀有さを心底信じるのならば、何からも束縛される事なく放たれる。

 

豊かさのコンパス[解説]豊かになるにはどうしたらいいのだろう。幸せになる為にはどうしたら良いのだろう。お金を稼ぐためにはどうしたらよいのだろう。古今東西この疑問は人々にとって永遠のテーマです。だからこそ、そのエッセンスを様々な成功者が、ひっそりと多種多様な手段で後世に伝えていたのです。新しい事に目を向けると見失いがちな豊かさに関する教訓を「コンパス」という形でまとめました。この豊かさのコンパスは、今よりももっと明るい、良い明日を示す為の方位磁石だと思っていただいて良いのです。どれだけ良い地図を手にしていても、自分の居場所と地図の向きがわからなければ先には進めないのです!

 

人生年表[解説]「豊かさのレシピ」がコンパスであるなら、「人生年表」は地図のようなものです。いま自分がどこにいて、どこに行きたいか、そしてどの方角に歩いていけばいいかを示す大変重要な存在です。過去の自分を振り返り、今の自分を知り、その先へ希望がもてるのであれば、今を生きる事の意味や意義や気力が湧いてくるのだと思います。