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考え方

豊かさのレシピ 

考え方

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ずーっと、長い間研究してきた事がある。それは、なぜ人は成功するのか?と言うこと。言い換えると、あの人と自分は何が違うのか?と言うこと。もっと言い換えるとなぜ自分はできないのか?できるのか?ってことでした。

もう、自己啓発の類から、宗教関係から、オーディオブックだったり、動画だったり、人への直接の質問だったり。延べ何百冊・何千冊を読んで、何万時間と考えてきました。高校生の頃からの疑問だったから、20年くらいになります。

そうやって少しずつ培われてきた僕の考え方や捉え方自体は、振り返ってみても深く考えて良かったと思うけれど、いざ「なんで良かった?」と聞かれたら説明をするのって結構むずかしいことでした。

例えば、どうやったらお金持ちになる?とか、どうやったら彼女ができる?とかどうやったら痩せる?とか、あの車が欲しいんだけど!とか、もっといい大学に入りたいとか、お金がなくても幸せになりたい!とか、現状が我慢ならないとか、一発儲けるとかとか。。。とにかく際限がない「ねがい」がたくさんあるんですよね。

と言うことは、やっぱり一方で、それを実現している人もいるわけです。で、話は元に戻るんですが、あの人と私は何が違うの?ってことなんですよね。それと、成功した人はその前の自分と成功後の自分と何が違ったの?ってことなんです。

おんなじ人間なのに、何がそんなに違うの?って言うことをまとめたのが「豊かさのレシピ」なのです。要素は今の所essence1〜6に分けています。それぞれが大切なのですが、今はピンとこないのもあるかもしれません。だけど、必ず大切な事が詰まっていますので、もし興味があるのでしたら、僕の20年以上かかって気付いた考え方(エッセンス)をプレゼントします。極端にいえば「考え方だよ」っていうことですが、「なんで?」っていうところの説明が長い話です。

もくじ


〜始まり〜

のっけから、宗教的になってしまいますが、いろんなことを集約しました結果。全てにおいての根本的な概念は次の5つの言葉に込められています。若干ニュアンスが変わっているかもしれませんが、それにしても聖書っていうのは金言の宝庫ですね。4行目と5行目は僕が勝手に付け足しています。

 

 

求めよ、さらば与えられん

尋ねよ、さらば見出さん

叩けよ、さらばひらかれん

愛せよ、さらば愛されん

信じよ、さらば放たれん

 

 

この5行どうですか?何を今更っていう、馬鹿にされた!って思うかもしれませんが、これが本当に奥が深いのです。

求めるって、すごく簡単な事ですが。例えば今欲しいものやコトが、5年後も10年後もそのままあなたの欲しいモノであったりコトであったりしますか?そして、欲しい欲しいって言うだけで、それに向かって何か正当な努力を昔からしていますか? 求めるって、すごく難しいんです。誰かに欲しいなって思わされたり、勘違いしてることだらけなのです。

それってなんでなの?って言ったら、自分が本当に何を求めているか、自分に尋ねる事が出来ていないからです。これを行うには、常に内なる自分に尋ね続けなければいけません。 昔からあるポピュラーな手法としては、「欲しいものやなりたい自分の像をリストに全て書き出す」と言うものです。そうするとなんでも願いが叶うってヤツ。本屋さんでもこの系統はたくさん並んでいますよね?これはすごく理にかなっていて、長期的に本当に欲しいものをすくい出す事ができるし、毎日たくさんの数を自問自答するので、尋ねる事も兼ねています。

何が本当に欲しいのか。誰も教えてはくれません。まずは、本当に自分が求めているのは何かを常に問いかける必要があります。簡単な方法は、思いついたワクワクや欲しいものをその都度リマインダーにし続けることです。



じゃあ、一歩進んで、欲しいものがちゃんとあったら空から降ってくるかと言ったら、(まあそれに近いことは自然と起こるんですが、)そんなに世の中は甘くないんですね。願ってるだけだと、願ってるまんま。ドラゴンボールのシェンロンだって、ボール集めてきて口に出さないと叶えてくれないように、僕たちだって、何か行動に示さないとダメなのです。「なりたい理想像とか、ポジティブワードのつぶやきの引寄せマインド」なんかは、アクションにしている分これに近いですよね。

何れにせよ、ドアの向こうを想像だけしているんじゃなくて、開けてみる事がすごく大切なのです、万が一それで向こう側の景色が違ったら、また別のドアを開ければいいだけのことなのです。開ける前から、モジモジしているような時間は僕たちにはないのです。

少しまとめると(と言うか言い方を変えると)、

「あれがない、これがない。ああだったら、こうだったら。~~~ 延々と繰り返される、至らない自分。」っていうこの考え方こそが、輝く未来を、希望の今を、楽しい過去を曇らせている。

まず求めるのは、誰か人に求めるんじゃなくて自分に求めてください。たずねるのも最初に自分に問いかけて。そして、叩いてみるのも自分次第なのです。たった今から、これまで外に求めていた全ての豊かさを、実は全て内なる自分の心に問うて見て欲しいのです。

そうです。自分が不幸か幸福かどうかは、自分という存在と外部の関わり合いによるものがほとんどです。ですが、たった今から、これまで外に求めていた全ての豊かさを、実は全て内なる自分の心に尋ねてみると自分が外に求めていた愚かさに気がつくかもしれません。

あと、僕が勝手に付け足した


愛せよ、さらば愛されん

信じよ、さらば放たれん


この最後の2行もマザーテレサばりの宗教じみたメッセージなのですが、心からの幸せを得るには大変重要なことです。人生は、選択の連続ですが、例えば「愛とお金」や「仕事と家族」のように、どちらかを選ぶとどちらかは諦めるって思いがちですが、実際には全然違います。夢を叶えるのと幸せになるのはトレードオフなんかじゃないんですよ。っていう意味を込めました。

4行目は、端的に言うと、自分の痛みがわからないのに、他人の痛みを類推することって難しいでしょ?ってことです。なんで自分は誰からも愛されないんだろう?って思うのは、誰かを愛して初めて言えることなんだと。そして、おんなじ理屈で人が大切だったら自分のことも愛さないといけないよねってことです。

5行目の信じるっていうのは、言わずもがなですが、これも難しい。普通の人は、毎年年始に神社に行くでしょう?そこでお願い事をしませんか?、おみくじ引いて運命をゆだねませんか?絵馬に願い事が叶うように書いたりしませんか?それも住所までつけて。有名な占い師だって聞くと占って欲しくなりませんか?お寺や神社で祈願・祈祷してもらって、効き目があったらやっぱりそうしたからだと!思ったりしませんか。

日本だけで、何千万人っていうのが、自分の願いの為に利用する。そんなにおこがましいのに自分だけに本当にご利益があると思いますか?考えてみたことありますか?

パワースポットに行って、良いことがあったら、やっぱり!!となりますが、それを実現したのもやはり自分なのです。

今までのあなたは、神を信じ、仏を信じ、悪魔を信じ、天国を信じ、地獄を信じ、脅かす誰かを信じ、これまでの常識を信じて来たかもしれません。

ですが、本当に信じなければならないのは、そんなものではなく「自分自身」なのです。自分という存在と考え方の稀有さを心底信じるのならば、何からも束縛される事なく放たれる。それがあなたなのです。


essence1


自己啓発や引寄せパワーの秘密

聖書的な話から一転、一気に具体的な話になりますが、願いや夢をかなえる方法というか、自己啓発本関係というか、豊かさの秘密の究極中の究極・極意は、私たちの頭の中に(潜在意識・顕在意識、無意識・意識)に何を叩きこむかという一言に尽きます。


つまり、あなたの頭の中(意識や無意識)が何で満たされているか。頭と心が進むべき進路のことで満たされているのか。ってことです。

それが人生全てを変える秘密だと思っていいのです。だから、もしあながた「私はついていない」と嘆いて、「私はいつも愛されない」と歎いて、「なんでこんな・・・」と自分の境遇を憎んでみても、何も変わりはしないのです。だって、今これを考えているあなたの頭は何で満たされていますか?そうしたら、無意識はなんのことでいっぱいですか?

もしあなたが、監獄に入れられたり、飢餓の心配があるほど困窮している。と言うのであれば、考え方以前の問題かもしれません。ですが、そうで無いのであれば、やはり何か感じる所は、自分の頭であり心であり、考え方になると言うことにそろそろ気がつくべきなのです。今じゃなきゃダメなんです!死ぬ間際にそんなこと悟ってもしょうがないんです。

あなたの考え方は、

  • いつも他人のせいにしていないですか?
  • 社会のせいにしていていないですか?
  • 他人や政治家や国のせいにしていないですか?
  • そして、自分のせいにしていないですか?

そうだとしたら いますぐに、考え方を変えるのです!

なぜかって?想像してみて欲しいんです。何かのせいにして恨んで生きる人って魅力的に思いますか?話しかけたいと思いますか?楽しそうな人生がおくれるように思えますか?

今の自分を愛して、許して、褒めて、認めてはじめて人から魅力的な自分に写るんじゃないですか?

自分を愛せなくして、人を愛することはできないんです。自分に優しくなくて、他人に優しくすることは難しいのです。なぜかって利己的でなくては、利他的がわからないのです。

だからこそ、

人の幸せを願わない者が、幸せになれるはずがない。
人の幸運を妬む者に幸運が訪れるわけがない。

と自信を持って言えるのです。

特別な誰かを羨み嫉んでも自分が特別になれるわけはありません。素直に今を認め、受け入れ、それを許せない自分も許して。だって、何かがなくても自分には、人間には、価値があるのだから。まずは、そこから全てが始まるのです。


それでも待ってるだけでは、豊かな暮らしは始まらない。

無い無いと言う毎日の中から、少しずつ脱出して明るい未来の方向へ体を向けたとしても、そこで見えるのは「明るい未来があそこの方にあるなぁ〜」と言うことだけです。厳しいけれど、本当ですよね。山に登る人だったとしたら、「あの山に登るのかぁ」と言うくらいのことです。

ですが、巷ではその山ですら見させないように、あの手この手で勧誘が来るんです。どうせ登れないですよ。とか、こっちの方が楽しくて気持ちいいですよ〜なんて。だから、もしもこっちの方に進んだらいいんだ!とわかっただけでもすごいことなのです。

それでも、やっぱり前に進まないことには何も進展はしません。どれだけ遠くても前に進みさえすれば昨日の自分よりも目的地に近づいて行くのです。たとえそれが辿り着けなかったとしても、その道すがらに本当の幸せは待っているはずなのです。

前向きに、明るい考えで、正当に努力をして、良い人生を送れないわけがない。本当にその通りなのです。

豊かさのレシピ essence1の最後にもう一度考えてみてください。

何かに向って情熱を持って生きているのだろうか?何かを求めない事には、何もはじまらないのです。そしてそれは誰がくれるわけでもなく、自分が手に入れる責任を持っているのだから。

どうやったらいいか分からないと途方に暮れる日もあるでしょう。誰かに聞いてまわっても教えてくれない。では誰にたずねるのか?と言えばやっぱり内なる自分に尋ねるのです。答えはいつも尋ねなければ、出てこない。何かを心から求めて、自分に真に尋ねさえすれば、自然と行動に現れるのです。ドアを叩き、門戸を開かなければドアはくぐれ無い。だけど、入ってしまえば道は開けてます。信じて前に進むのみ!

 

 


essence2

 


どれだけ遠くに行こうとするか。

今の自分では到達できない未来を持っているか?

そして、それが心底実現できると信じているか?

そこに「ゴール」がある。

見えている世界は、これが全てなのだ。

 

無謀でも良いんですよね。現実的ではなくたって良い。いまとかけ離れた自分ならなおさら良い。大いなる目的地を持つのもよし。つまり「志し、夢、ゴール、希望、目標、使命」など偉人が残した言葉の真意はここに集約しているってことなんです。とにかくやれると思わないと!やりたい!と思わないと、どこ見て進んだらいいのかわからないですよね?目的地があるから遠くのどこかにたどり着けるのです。

そう言われたら、うなってしまって何もアイディアが出てこない人がいますが。本当に出ませんか?明日死ぬってなっても、どうやって生きていきたいか出てきませんか?

適当に決めたって、死ぬほど悩んで決めたって、決めることに変わりはないんだから。まずは自分で勝手に目的地とマイルストーンを思いのままに決めてしまうのがオススメです。

自分自身もよく勘違いしているのが、このゴールという厄介なヤツだと思います。なるべく身近で実現しそうな、いつまでにやるぞ!というものにしがちです。これって誰が植えつけたんでしょうか・・・学校や家で突拍子も無いことをいえばそんなの無理だって。お前にはできないって。言われますよね。今の自分のちょっと先のところを目標にしておけば、ちょっとずつできるようになって褒められて、それでも進むにつれて成長が鈍化して、ああもう向いていないんだなって、自信をなくしちゃう。

でもよく考えたら、ぶっ飛んだ目標を入れたからって、自分のできる能力は変わらないはず。それなのに、アスリートで記録が破られたらそれにみんな追随するのはなぜだろう?

目的地の設定のコツは、

①遠くに置くこと。
②一つでなくても良いと言うこと。
③あり得ないと思うことでも良いこと。
④書き換えても良いと許すこと。

あんまり今の自分と違うのは恥ずかしいなんて思うかもしれないですね。だけれども、おおいなる目的地を持つということは大それたことでは無いはずです。ずーっと昔に、アメリカに行きたい!なんて言ったら笑われていたかもしれない。今、宇宙旅行に行きたいと言えば笑う人がいるかも知れない。

でもそれって「本当にそうでしょうか?」何かに成りたかったり、どこかに行きたかったり、こういう人間でありたいと願うことは誰もが夢見ることのできる自由。これは、本当にそこに到達するに至らなくても、どういう方向を向いて自分は歩いてゆくのか。どう言った地図を心に広げて前に進むのか。ということに本質的に答えていると思います。

自分の人生を使って、人に言われた近所に散歩しに行くというのは悪くは無いけど、少しさみしいですね。

 


essence3


誰でも人の能力は無限、
無意識に言い聞かせる。

私が心を使い、
心が頭を使い、
頭が体を使う。

なんでもできると。

なぜなら
奇跡は毎日起こっている。

今考えているよりも自分の潜在能力というものは、無限の可能性を秘めているようです。産まれたばかりのこどもが何にでもなれるように、自分の無意識はいつでも力を秘めていると信じてみましょう。

例えばあなたが、自己啓発の本を何十冊、何百冊、何千冊読んだとしても、そこに書いてある内容は、ほぼ全てこの無意識(潜在意識)をどう味方につけるのか?という解説に過ぎないです。嘘だと思うなら、本屋さんに行って複数の書籍を手にとってみてください。

紙に書いたり、呟いたり、神様に頼んだり、人を許したり…色々な手法を取るだろうけれど、色々なことをやってみて、変化が出て正解だと気がつく。それで「この方法すごい!!」となって、一つの方法に固執するのはよくある話です。

そこで一旦落ち着いて、自分の頭で考えてみる。

何故良くなったのか?と。極めて当たり前のことだけど、それって自分の「何か」が変わったからだとしか言いようがない。なんかの霊的なものだとか、パワーだとか、宇宙のそれだとか、地底人の・・・なんて関係ないんですよね。

その「何か」というものは行動が変わったから。何故、行動が変わったのかというと、あなたの考え方が変わったからに他ならないですよね。何故考え方が変わったかというと、まずは(顕在)意識を変えたからですよね。それはつまり、顕在意識を使って、意識していない(潜在意識の)考え方を変えたんです。

お恥ずかしながら僕もそうですが、自分の意識というものは、過去の失敗の集大成です。絶えず失敗に恐れながら生きているんです。失敗したらどうしよう。怪我をしたらどうしよう。お金がなくなったらどうしよう。願いが叶わなかったらどうしよう。嫌われたらどうしよう。仕事がうまくいかなかったらどうしよう。もう無限に心配が尽きないんです。過去の失敗も何十年もいきてたらトラウマも何もかもいっぱいです。汚れまみれ、傷だらけです。

本当にそうですよね。でもこの質問を今生きているあなたに真剣に聞きたい。

あなたは失敗のかたまりですか?
それとも成功のかたまりですか?

過去にとらわれて「どうせ何もできない」「私なんかじゃ」「もう遅い」という人は多い。なるほど、本当にそうなんだろうと思う。みんなそんなもんだと思う。けれど、偉業をなす人もそう思って生きていたら、何も成し得なかったでしょう。普通を目指しても普通になれないのに、なぜそれに甘んじて生きてゆかなければならないのですか?

ほんの100年前、世界の平均寿命は30歳だったんです。蛇にも襲われず、重大な病気にもならず、5歳を超えて生きることができて、文字の読み書きができて、食べたいものが食べられて、パソコンやスマホがあって。言わなくてもわかりますよね。誰かと比べて失敗しても、誰かと比べて成功しても、どのみち今は成功のかたまりなんです。

ところが、日常生活では失敗や恐ればかりに気を取られているのが現実。頭の中は不幸なニュースとできない自分でいっぱい。だからこそ少しでもいいから、そんな潜在意識に、自分を信じて無限の可能性をたたき込めば、赤子が何にでも変化できるほどの力を、人の脳は持っているということです。

過去の積み重ねが未来を創っているわけでは無い。

タイムマシンができるまでは時間は戻らない、常に未来から現在、現在から過去に流れている。だからこそ自分を変えるのに過去に縛られる必要はないのです。

取り返しのつかないことにさいなまれている方もいるでしょうが、これまでの行いが、あなたの全てを決めるのではないですよね。これからの考え方が、今からの自分を決めるのです。

そして、自分の考えが 魅力になって、現実になる。そして、考えが 行動になる、物質になる。考えが 人を惹きつけ、自分を励ます。最後に、考えが 家族や他人を幸せにする。

 


essence4

何をどのように考えて
生きているのかで、

同じ物を見ても
同じ事を経験しても

見えている事が、
感じる事が、行動が、
感情が、

驚くほどに
出来事が違う。

あなたの一挙手一投足は全てあなたの考えがなせる技です。それと同じように何かインプットをしたとして、どのように感じたりそれを表現したりするかということは、やはり自分というフィルターを通して十人十色なのです。

何が正解か?ということではなくて、考え方はたくさんあるということ。だからこそおんなじ景色を見ても、同じ音楽を聴いても感じることが違うということです。

だから、いうまでもないことですが、自分がなぜそれを考えたかということを問う前に、何が頭の中を支配しているのか?ということに目を向けて生きる必要があります。それは、誰かに聞けるものでもなくて、自分で探し出すことになるでしょう。「自分」というものを探すのに遠くに出てゆく必要はありません。全ての感覚がそこには既にあるからです。

どれだけ念じても、自らが石を投げないと池に波紋は広がらない。しかし、念じないことには石は投げられない。

動くことですべてが初まり、初めるには思わなければならない。どちらも大切だがそれでも動かなければ何も変わらない。

特別に何かやったと自覚がなくても、あなたのその一挙手一投足は、少なからず世界に影響を与えていると僕は思います。 ですが、本当に手足を縛られて密室に入れられたとしたら、そこでどれだけ念じていても世界は変わらないと思っています。

いつまでも、頭の中でシミュレーションをしていても、それが表面に出てこなければやっぱり、生活は変わらないと思います。だからやっぱり、念じるだけでは何も変わらないんのです。

そこで、あなたに一つ尋ねたいのです。

あなたは今、これからあなたのために何をしていますか?

崇高なるものを求めて洞窟の中で悟りをひらいてるんじゃなくて、泥臭くても現実の中で行動をしないといけないのです。

 

 


essence5

よりよく生きる為に、
幸せになる為に、

ワクワクする為に、
人生を楽しむ為に


何も変えずに
今を変え続けるしかないのだ。

人によって成功の基準って違うと思います。お金が使いきれないくらいあることや、健康であることや、名声があるとか、、

で、どうしたら?と唸っても、日常のやることはやるんですね。仕事だとか、家庭だとか、趣味だとか、、そういう具体的な話の延長線では、究極のコツっていうのがあって、それが今よりも「より良く」するっていう工夫だけなのです。もう限界だ!と自分なりに決めたその先を少しでも削ってゆくということを延々とし続けるということなのです。

私ってもうやることが何にも無いんだっ。って思い込んでも、少し目線を逸らすと山ほどやれることがあるのです。自分の考えを変えて、変えて、より良くしてゆくということが極みなのです。

成功の秘訣はないか、コツはないかと聞く人はいるが。それが一瞬にして成功や富や幸せをもたらすのではない。

だけれども、このことを続けることができる、生み出し続けることができる人間はやはりそれが唯一のコツなのだと言う。

幸せになるには、成功するには、コツは1つしかない。何もないと言う事を、何もしないことの言い訳にしないこと。

皆が何もないという状態で、何が自分にあるかを考える。今の状態で何ができるか考える。できることは無限にあって、思いつく全てをやってみる。ただそれだけのことだけど、それをやり続けている人はほとんどいない。

気にも留めなかった普段の全てを真剣に考え今よりもよくしようと動き続けたならば、成功しか道はないのだから。


essence6


誰がなんと言おうと、
今日までの僕たちは
素晴らしい。


明日からの僕たちは
もっと素晴らしい。


私はいつか幸せになれる。というのではなくて、ありのままの自分で幸せだと気付く努力をするのだ。新しい発見の連続を体感するのだ。自分に起った様々な困難も見方を変えると、いまの私を形成している。産まれてきてからこれまでに会った全ての忘れてしまった幸福を探し、あたりまえだと思っているすべての事柄が奇跡的なことであることにフォーカスをあてるのだ。降り注いでいる幸せを受け止めているかが人生感を左右している唯一のポイントだ。

嘆いている今のあなた自身のありのまま、そのままがありがたいと思ったことはありますか? 心からそう思えただけで、見えかた、とらえ方を無理に変えるのではなく、自然と変わるものなのです。

いくら物があっても、あっても。それに気付こうとしないのであれば、それは目の前にないのとおんなじです。お金も空気も水も、物質も心も虚構もありとあらゆるものが目の前にある。世の中にある。そのことを認識せず感謝しないのであればいつまでも見えないままなのですね。

実はそれが、本当はたくさん降り注いでいる幸せを受け止められない理由です。

あたり前だからこそ、人は価値に気がつかない。自分の素晴らしさを探そうとするほど遠くに行く。でも、真の価値は今ここにあって、自分は今ここにいて考えている。誰かに認められることを待つのではなく、まず自分が自分を認める。

優れた人間も、そうでない人間も、あなたも私も、生きとし生けるものの中で、人間として生まれた私は素晴らしいのだと考えたことはありますか。色々な過去があって誰かに責められたり、恥ずかしがったりしていたとしても、その時々を懸命に生きている結果が今なんだから、自分がベストを尽くしてきたと理解しなければ前には進めません。

どんな自分でも真に価値があるのだと感じてください。だってそうでしょう?人に価値があると信じているのであれば、その価値に気づいた時に、どんな相手にも価値はあることに気がつく。だから、誰がなんて言おうが自分にも価値はあるのです。

自分という存在はあるようで無いようなものだと言われています。何が確かなのかはわからない、本当にそう思うこともあります。

一人の人間がこの世界の点であるならばこの点は、色々な人や物と思考と無限に関係を持った点です。私という人間は、その点と点のつなぎ目をひとつまみした部分に過ぎないです。だけれども、僕はちっぽけなその点に価値があるのだということが確かなものだと信じて疑わないのです。綿々と続くこの命がある限り、今日までの僕たちは素晴らしい。そして、明日からの僕たちはもっと素晴らしいのです。


豊かさのレシピについて

心の底から「豊かになるにはどうしたらいいのだろう。幸せになる為にはどうしたら良いのだろう。お金を稼ぐためにはどうしたらよいのだろう。」と思った。だけれども、その為に自分はこれまでに何をやってきただろうか?やったとして、正解があるんだろうか? 残念ながら、万人に対しての唯一の答えはないと思う。それでも、(本当に些細な)ちょっとした考え方を知っているか知っていないかで、人生が少しづつ(だけど)将来本当に大きく変わることってあると思う。そう。料理で言えば、良いレシピを知っているか知っていないかのように。◆古今東西この「幸せで、豊かで、(資本主義だったら)お金に困らない」は人々にとって永遠のテーマだ。だからこそ、そのエッセンスを様々な成功者が、多様な手段で、実は後世に伝えている。この豊かさのレシピは、その材料と作り方を端的に記したまさにrecipeだと思っていただいて良い。◆もちろんレシピと言うからには、自分が信じている事や感じていることを足したり引いたりしてアレンジしてからこその独自の味になるのだけれど。おそらくこれが全てではないと思う。冒頭で述べたように、万人にとっての一つの正解はないのだから。

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こんにちは、SOです。SOGOODS.NET(ソーグッズドットネット)は僕が高校生の時から、ひっそりと続く超ロングランの個人ホームページです。

 

時には趣味の作品を並べたり。時には自分のお気に入りを共有する。もっぱら小さい我が子のお世話をする2回目の育児休業を取得中のお父さん。果たしてその実態は!?