なんだろうか、全てを読み終えた瞬間に、素直にこう思った「やはり、ナウシカ全巻を読んで感じたあの感動が全てなのだ」と。哲学的、科学的、倫理的、宗教的、懐疑的、肯定的、、、様々な視点があってもそれはそれでいいと思う。本書のように、何らかの解決・解消を求めたが為に、小難しい話になってしまってもいいと思う。
ただ僕は、「ナウシカ全巻」を浅いか深いかは別にして、感じるままに読めばいいと思う。何度も読めば、その時々、人間としての成長、思考の変化に伴って新しい感覚をつかめると思う。
また、本著は宮崎駿との対談がおもしろい。
僕らは、と言ってもいいか、自分自身なのかわかりませんが、宗教的な物に対する忌避、それとは無縁でいたい、近代合理主義で物事を考えてゆきたい、映画も自分自身もそれで律していきたいと言う考え方があったのですが、やはり破綻しているんです。では安直に「幸福の科学」に飛びつくかと言うと、それは誇りが許さない。もう少しすごいものがきてくれよと言う思いが一方でありながら、合理的な思考そのものだけではダメだなというところに来ている。宗教的なものに対する忌避とは、やはり反宗教的なものでなくてただ単に、懐疑的なんだと思う。迷うことこそ、疑うことこそが人間の本質なんじゃないだろうか。確かに、何かを信じれば楽だと思うのだけれど・・・。
ただ、僕は「正しいこと」はあるんだと思っているんですよ。でも、「正しい人」はいないと思っています。「正しいこと」をやっている瞬間、その人は「正しい人」だけれど、じゃあ、その人がずっと「正しい」かと言うと何の保証もない。愚かなことも間違ったこともする。「正しいこと」をやった人が、その後くだらないことをやったからと言って、その「正しいこと」までくだらないと言うのはやめよう。こういう、視点で今を生きているだろうか。たいていは、何か正しくないことをした人間がいれば、その人間全てを否定するのではないだろうか。その人間の行為が問題であったのにその人間自体の善悪を決めてしまっているのではないだろうか。

