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湊川神社【通称:楠公(なんこう)さん】

湊川神社(みなとがわじんじゃ)は、兵庫県神戸市中央区にある楠木正成を祭る神社である。建武中興十五社の一社で、旧社格は別格官幣社である。(引用:ウィキペディア)神戸っ子なら誰もが一度は訪れたことのある、湊川神社は、楠正成を祭るために水戸黄門(徳川光圀)が創ったみたいです。詳しいことは、続きに書いています。

楠木正成は、延元元年(1336年)5月25日、湊川の地で足利尊氏と戦い殉節した(湊川の戦い)。その墓地は長らく荒廃していたが、元禄5年(1692年)になり徳川光圀が「嗚呼忠臣楠子之墓」の石碑を建立した。以来、水戸学者らによって楠木正成は理想の勤皇家として崇敬された。幕末には維新志士らによって祭祀されるようになり、彼らの熱烈な崇敬心は国家による楠社創建を求めるに至った。1867年(慶応3年)に尾張藩主徳川慶勝により楠社創立の建白がなされ、明治元年(1868年)、それを受けて明治天皇は大楠公の忠義を後世に伝えるため、神社を創建するよう命じ、明治2年(1869年)、墓所・殉節地を含む7,232坪(現在約7,680坪)を境内地と定め、明治5年(1872年)5月24日、湊川神社が創建された。 境内には、楠公にゆかりのあるものを納めた宝物殿や能楽堂である神能殿や結婚式などのための楠公会館などがある。また兵庫県内の神社の事務を管轄する包括宗教法人である兵庫県神社庁の事務所がある。

知らなかったよ。包括宗教法人って・・・ってことは、湊川神社に行けば兵庫県内の神社の全ての情報が手に入るんじゃないかな?誰か試してほしいものです。

湊川神社の特徴は、まず「人を祀る神社」であること、次に「政府が建てた神社」であることが挙げられる。 前者についてまず述べる。本来、神社の祭神というのは、自然神を祀るところであったが、次第に祭神の範疇が拡大して、人物神も祀られるようになった。天満宮や日光東照宮などがその代表であるが、人物神を祀る神社でも湊川神社は新たなタイプの神社であるといえる。 殆どの人物神は御霊信仰と呼ばれる信仰に基づいているもの(天満宮がその代表)であり、それは単なる人物霊ではなく、著しい霊力を備え、神霊と呼ばれるに相応しい段階を経たのち、神社に祀られるのであった。この信仰は、祖先祭祀と結びついて、共同体(家)の首長を神として祀る東照宮などの神社に展開したが、次第に人物神の範囲はさらに広がりを見せた。

神社が人を祀ってもいいのかな?仏教っぽい思想、と言うよりか二つの境目が小さくなってきているんかな?まあ、普段の生活において、何か問題が起こるわけじゃなく、むしろ、名所が増えるから万々歳か!

一方、江戸時代を通じて、楠木正成は英雄として、尊敬されてきた。それは、模範的な人間としての尊敬であり、尊敬される彼はどこまでも人間としての存在であった。しかし、ここにおいて、人を神社に祀るということが顕彰の手段として、採用されることとなる。人物神の範疇が広がることにより、祭神に対する強い宗教的な信念がなくても、人間は神社に神として祀られるようになったのである。 また従来の神社において、神社の創建のきっかけとなるのは、神社を建てて祀れという神の意志であり、それを託宣などの形で人々が受けて神社を建てるのである。これは人物神を祀る神社の場合も同様であった。しかし、湊川神社の創建においては、楠木正成の霊が神社を建てて祀ってほしいなどの要求を出したわけではなく、人々が彼の霊を一方的に祀ったのである。 ではなぜ顕彰するために神社で祀られたのであろうか。仏教式に寺院に祀ることも可能であったし、孔子などと同じように儒式の廟でも良かったはずである。それは、まず仏教式に祀ることは顕彰にならないということが理由に挙げられる。仏教式で祀るということは、すなわち供養すると言うことであるが、これは顕彰というよりは追悼・慰霊といった意味合いになるためである。それも宇宙の真理を悟った絶対的存在である仏の慈悲のもとで祀られるのであり、そこではむしろ祀られる人物の有限性が強調されてしまうのである。このため、仏教式で祀るのは、人物を褒め称えるという目的にはそぐわないといえるだろう。一方、儒式の廟というのは儒学者にはなじみがあったかもしれないが、一般には全くなじみ無いものだったといえる。このため、儒式で祀られることは無かったのである。また廟に祀るということは、あくまでも人間を人間として祀るのであり、神として祀るのではなかった。

なんか、ややこしい話になってきたね・・・人間を人間として祭るのではなく、楠正成を神格化したいが為に神社にしたと言うことか。でも何年かは荒れ放題だったわけだけど・・・

ただ、このようにいくら”新しいタイプの神社”であっても、一度神社として成立してしまうと、古代から変化なく連綿と続く神社(この観念自体は実は新しい)というイメージの中に同化されることは興味深い。神社や祭神に関わらず、神社一般と同様の機能が期待され、通常の神社と同様の扱いがなされていくのである。

本当に興味深いですね。結局、起源やルールは全ての物事の後から生まれてくるってことなのかもしれない。そして、自分の信仰を疑うことは、まず無いのかも知れない。

湊川神社に興味を持った方は、ウィキペディア-湊川神社-を参照してください。※また、この記事の全ての引用はリンク先サイトからのものです。

湊川神社【通称:楠公(なんこう)さん】 2006/3/21 | PLACE | COMMENTS (0) | TRACKBACK (0) ブックマーク

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