SOGOODS.NET
SOGOODS.NET(ソーグッズドットネット)は、SOが高校生の時から、いろんな事をやりたいと思い、「おもしろい」を原動力に、2001年からひっそりと拡散と収縮を繰り返し続く超ロングランのホームページです。何度かの変更を経て2026年に大きくコンテンツを変更しました。
誰もが与えられた「限られた時間」の中で、無味無臭のなんでもない毎日を、どうやったら味があってウイットに富んだ人生になるのか?と心底考えて、向き合って「創意工夫で!アートで!豊かにしたい!よりよく生きたい!」と本当に考えたエッセンスのプール。
Policy
おもしろい!を原動力に、
ワクワクすることをしたい。
Motto
創造的であるか
生産的であるか
独創的であるか
改善的であるか
次へ渡せるか
SO生まれ育ち
小さくて大きな町、芦屋で11年。
ガチャガチャで出てきたおもちゃのタバコをくわえたら、本物だと思ってすごく怒られたミニコープ。兄が初めて買ってもらった顕微鏡でミジンコを見るためにとりに行った緑公園。木洩れ日が気持ち良くいつもわくわくさせてくれた若葉団地の裏山。銀杏をビニール袋をかぶせた手で必死に集めていた緑保育所の園長先生。僕の道徳観を築いてくれた福井先生。いつも危険が隣り合わせだったテトラポット競争。日曜日になると登りに行った高座の滝。芦屋川に水が戻るとよく釣れたオイカワやウグイ。すべてが輝かしくて、懐かしい芦屋は僕にとって特別の場所です。
異国情緒あふれる街、神戸で12年。
僕にとって、あらゆる意味で衝撃的な所でした。芦屋から引っ越して来た時は、カルチャーショックでした。だけど、ここで多くのことを失敗し学んだと思います。とても住みやすく適度に発展している街で、街も山も海も近くにあります。
小学性の頃、兄としょっちゅう釣りに出かけました。良く行くのは明石・西明石の野池でしたが西神や三木にも足を延ばしていました。そして、父には良くヨットやキャンプや海釣りにつれていってもらいました。海釣り公園で食べたカップヌードルのあの味は忘れることが出来ません。地震の時は、インフラが復旧するまで大変でしたが皆で助け合って乗り切りました。
中学生の頃は放課後と週末に釣りに出かけていました。自分でルアーを創り始めたのはこの頃からです。それにしてもよくあれだけ毎日のように通っていたなぁと我ながら感心します。
日本のカオス東京のパラサイトタウン埼玉でフレッシュマン時代を過ごし。
日本の首都「東京」ここは、まさにカオスです。大阪採用でしたが、配属先が東京の皇居の近くだったので、パラサイトタウンの一つである「埼玉県の和光市」というところに引っ越してきました。電車から降りると山の匂いがするのが気持ち良い和光市駅。外国の屋台並みに沢山ある美味しい焼き鳥屋。スーパーの上にある変な図書館。綺麗な芝生のホンダ本社。年に一回文化祭のような事をする理研。おいしいウドンを買える製麺所。とても素晴らしいアジサイが咲く民家。・・・・・初めての一人暮らしはなかなか思うように行かないけれど、住めば都というのは本当のようです。空がとても綺麗で魅力のあるこの街で埼玉ライフを満喫しました。
東京の無法地帯エブリワンウェルカム池袋で数年間修行し。
パラサイトタウン和光市の生活を満喫した後、ついに東京在住の称号を我が物にしました。日本の首都「東京」ここは、まさにカオス様々な建物と人々とごちゃごちゃになっているのが非常に楽しい街です。なんでもあるという事が、すごく魅力的なのですが、少しだけ駅から離れるとちょっとした下町のような雰囲気に包まれています。ホームセンターが近くに無いという一つの障害を飛び越えて新生活を満喫しました。
大阪の温故知新、新世界で一休憩。
心の街、大阪へ転勤となったため 大阪と私達の新世界へ突入しました。天王寺というお寺のような土地に、少し変で奇妙な世界が広がっています。これはアドベンチャーなのか、アバンチュールなのか。いずれにしても、ホームタウンを満喫しながら「故(ふる)きを温(たず)ねて新しきを知る」一休憩でした。
育った街、神戸で海と山をのぞむ。
8年ぶりに育ちの街神戸に帰ってきました。どこの街も良いところがあって満喫しましたが、やっぱりこの街が一番落ち着きます。海と山に挟まれた街で、子供たちと5人で新しい生活を営んでいます。
都会と田舎の生活もとり入れて。
雲海の竹田城跡や岩津ネギが有名な朝来(あさご)に古いログハウスを手に入れて、自然や四季を身近に感じる生活が加わりました。ここで食べる料理が、なんでも美味しく感じるのは、お水や空気が綺麗だからかな。
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以上がSOの簡単な自己紹介です。本当にその人を知るにはその人と長く付き合う必要があります。だけれども一期一会の付き合いの中ではそれは現実的ではありません。だから人を判断するために断片的な要素を足したり掛けたり引いたりして「この人はこうだ」と決めつけます。
でも本当はそうじゃないんですよね。もっと複合的に、もっと複雑に、もっと知らない所があって、もっと魅力があって、嫌なところがあって……もっと大切な所があって。だからこそ常に柔軟に、懐疑的に、情報を書きかえる必要があるのだと思います。
Aboutと言う物はAboutなんですね。
幸運にも僕は周囲の人にすごく恵まれていました。家族にも大切にしてもらいました。大切にされたことを覚えたのなら、誰かを大切にしたくなるし、誰かに助けてもらった人は、誰かを助けたくなるでしょう。
そう。すべては、Pay it forward。